荒木一郎【懐】広告集

★画像はクリックすると拡大します(2016.01.16更新)  ※このコーナー、まずは<歌手荒木一郎>特集。他のジャンルも徐々に追加致します。


 

 『星に唄おう』楽譜ハガキ(1965〜1969)

歌手荒木一郎誕生のきっかけとなった伝説のラジオ番組『星に唄おう』。番組で唄われるオリジナル曲に楽譜希望が殺到。応募者にはこんなハガキが送られてきました(宛名面は森永乳業の商品広告)。


 

 

 

 

 1966年11月23日付『朝日新聞』全7段広告

「芸術の音、第21回芸術祭参加レコード」の一枚として紹介されています。


 

 

 

 

 1966年/月刊『近代映画』(ワイドB5判)カラー全面広告

レコード大賞新人賞を受賞し、シングルヒット連発のさなか、ファーストアルバムはなんと全曲オリジナル(「ギリシャの唄」はここからのカット)。LPといえばヒット曲の寄せ集めが主流の時代にこの先見性。芸術祭奨励賞に輝きました。


 

 

 1967年/『ビクター/ミュージック・ブック』リーフレット

60年代はフォノシート全盛時代。オリンピックからアニメ・民謡・クラシック、校歌・CM・町内音頭まで、ありとあらゆる音がシート化された。歌謡曲やGSモノは写真や記事も楽しめることから人気を呼び、各社新刊を競いました。荒木単独のモノとしては2種あり、これはレコ大受賞直後の第1集(第2集は翌年の『荒木一郎トップ12曲』)。巻頭、授賞式の様子を写真で紹介。


 <さっそく番外編>   1967年雑誌付録フォノシート

フォノシートの話題が出たのでキチョーな一枚を。当時『SONO JOURNAL』というフォノシートのシリーズを発行していた現代芸術社が唐突に出版した雑誌(MOOK?単行本?)『オールスター百科/600名スター大名鑑』(B5判/130頁)の付録に付けたのがコレ。本誌の記述は「声のフォノシート」と意味不明だが、聴いてビックリ!!1966年度レコード大賞授賞式での受賞者インタビューを収録(TBSの放送音源?)しており、現在では非常に貴重。ちなみに本誌、奥付も無く発行日も不明だが、1967年は間違いない。ま、記事内容からして(笑)。


 

 

 

 

 

 

 1967年4月号/ビクターレコード新譜カタログ

レコード店(当時は電器店の一角も珍しくなかったが)でレコードを購入するとこんな冊子がもらえました。あるいはカウンターに置いているのを拝借したり。新譜紹介欄はジャケ写ではなくいつもの顔写真でしたが(笑)、情報量の少ない時代、重宝したものです。表紙はモチロンその月を代表するビクターの看板スターがつとめます。


 

 

 

 

 

 1967年/月刊『近代映画』(ワイドB5判)カラー全面広告より

発売即ミリオンセラー。この年、ビクターレコード最大のヒット曲『いとしのマックス』。紅白歌合戦初出場も果たしました。


 

 

 

 

 

 

 

 1967年/月刊『近代映画』(ワイドB5判)カラー全面広告より

『ブルー・シャトウ』の大ヒットで歌謡界はGS一色。ビートルズは『愛こそすべて』。「この曲で世界のポピュラーに挑戦する荒木一郎」、そのスケール感が大好きな広告です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

1967年12月1日朝日新聞広告(日劇/荒木一郎ショー)

ミリオンセラー『いとしのマックス』、吉永小百合とのデュエット『ひとりの時も』、『君に捧げん』とヒットが続き、TV・映画出演と大忙し。司会の歌番組『ビクター・トップバラエティ』始め『ロッテ歌のアルバム』『TBS歌のグランプリ』等の歌番組や労音のステージも精力的にこなしました。構成も手がけた日劇ワンマンショー(12月2日〜8日)も連日超満員です。

 

 

 

 

 

 

 

1967年12月2日〜8日 日劇『荒木一郎ショー』パンフレット(B5判)

 

 

1967年12月2日〜8日 日劇『荒木一郎ショー』ステージスナップ


 

 1967年12月朝日新聞全7段広告より

その紅白をカラーTVで見ましょうという広告。出場の自社(ビクター)所属歌手をイラストで。コロムビアでは美空ひばり・ブルーコメッツ・舟木一夫・などなど・・・考えは同じです(笑)。


 

 1968年/『週刊平凡』1月8日臨時増刊号

このラインナップ、いまに残る名曲ばかりなのが驚き。それにしても、GSブームのさなかにあって当時の代表曲をすべて擁するビクターレコードってスゴイ!歌謡界を牽引していたんでしょうね。


 

 

 

 

 

 1968年2月4日号/『週刊明星』表紙

日活『この虹の消える時にも』、NHK『虹の設計』『お姉さんといっしょ』等で共演の親友西郷輝彦氏と一緒に。1969年サンケイホール『荒木一郎リサイタル』にもゲスト出演されました。


 1968年6月荒木一郎ショー郡山公演プログラム

当時は地方公演も活発。しかも一日3回なんて当たり前。郡山公演はうすい百貨店の友の会ご招待会でした。しかもこの3部構成、事前の人気投票で決定してます。投票リストには鶴田浩二・吉永小百合・橋幸夫・北島三郎・村田英雄・フランク永井など、そうそうたる顔ぶれのショーが並んだが、ダントツ人気が荒木一郎・こまどり姉妹・歌奴、との記録が残っています。


 

 

 

 

 1968年/9月号『家の光』(B5判)カラー全面広告より

当時の人気歌手の新曲を月替わりで朝6時30分から毎日放送していたラジオ番組『田園ソング』(TBSラジオ系列)。8月発売のシングル『海』を9月の歌として一ヶ月間放送とは、ものすごいタイアップですね。毎晩『星に唄おう』、毎朝『田園ソング』。う〜ん、この時期はリスナーも忙しい(笑)。裏面に歌詞と楽譜が載ってます。


 

 

 

 

 1968年/月刊『近代映画』(ワイドB5判)カラー全面広告より

以前より親交のあったヒットメーカー平尾昌晃氏作曲による歌謡ナンバー。後年『西陽の当たる部屋』『さざなみ』『負犬の唄(ブルース)』を生む見事なコンビネーション。シンガーソングライター荒木一郎にとっては『めぐり逢い』(作曲/武満徹)と共に、他の作家による珍しい企画。


 

 

 1969年サンケイホール『荒木一郎リサイタル』A5判リーフレット&チケット

デザイン・イラスト和田誠。構成・矢崎泰久、演出・藤田敏雄。不死鳥のごとく羽ばたき、才能を世に問う荒木一郎反逆の青春像!!野坂昭如が荒木一郎に捧げる『花の全学連』発表!!、って、裏面の檄文が過激です。


 1969年/現代企画発行 B5判片面チラシ

荒木一郎のプロダクション『現代企画』が、当時カー・オーディオの主流だった8トラックカートリッジテープを制作・販売。リリース第一弾『荒木一郎の世界』は2000年CD初復刻されてますが、同時発売の第2弾『フランス式エロティックムードヒット曲集』は未だにお目にかかっておりません。ま、このチラシでも「?」ですからね(笑)。


 

 

 

 

 

 

 1971年10月20日中野公会堂『サウンドステージ荒木一郎』A4判リーフレット

荒木一郎プロデュースの現代浪曲水城ゆう子とのジョイントコンサート。異色のコラボだ。


 

 

 

 

 

 

 1974年7月1日号『ミュージック・リサーチ』B4判全面広告

映画から帰って来た荒木一郎。ファン待望、復活シングル第一弾。トリオレコード入魂の全頁広告です。

 

 

 

 復活シングルサンプル盤(プロモーション用)ジャケット

商品版とはまったく雰囲気が違いますが、スナップ写真を使用したコピー製。一刻も早くプロモーションを展開したい担当者のパッションが感じられる貴重な一枚。

 

 

 

 

 

 

 

 

そのレコーディングショット(1974年トリオレコード)


 

 

 

 

 

 

  1974年『ミュージック・リサーチ』B4判全面広告

3年ぶりの新曲は有線でもヒット。アルバムのチラリズムが期待感をあおります。


 

 

 

 

 

 

 1974年『ミュージック・リサーチ』B4判全面広告

名盤『荒木一郎の世界』から3年。待ちに待った復活アルバムいよいよ8月1日発売。ただただ涙!








 1974年『ミュージック・リサーチ』B4判全面広告

トリオ超強力盤!!

 

 

 

 1974年トリオレコード本社ビル特大懸垂幕

LP第2弾『蹉跌』からのシングルカット曲。中村洋子(CBSソニー)のヒット曲をセルフカバー。『DM』で話題を呼び、ニューアレンジでのリリース。『DM』ヴァージョン(編曲深町純)ファンも根強いが、7階屋上からの巨大懸垂幕にトリオレコードの意欲が伺えます。人物と比較してもとにかくデカい!

 

 

 

 

 

 

 1974年『ミュージック・リサーチ』強力盤


 

 

 

 

 1975年『ミュージック・リサーチ』B4判全面広告

9月発売のトリオレコードLP第3弾『君に捧げるほろ苦いブルース』収録のタイトル曲に有線で火が付き、3ヶ月後ついにシングルカット。全国制覇の大ヒットで、トリオレコード売り上げ第一位を記録しました。B面『ジャニスを聴きながら』と共に中期を代表するヒット曲です。

 

 

当時の有線放送所スナップ

左下にシングル盤のジャケが見えます。

 

 

 

 トリオレコード年間ヒット賞授賞式スナップ


 

 

 

 

 

 

 

 1975年『俳優座コンサート』B2判ポスター・B5判リーフレット

 

 

 

 

 1975年12月22日&23日『俳優座コンサート』スナップ

 


 

 1976年4月『ミュージック・リサーチ』B4判2色カラー全面広告

『必殺仕業人』挿入歌と10年ぶりDJ番組『荒木一郎の今日にさよなら』レギュラー出演でファン狂喜乱舞(笑)。アルバムは往年のヒット6曲の新録をプラスしたデビュー10周年記念盤。シングル3枚同時発売も話題を呼びました。しかも単なるシングルカットではなく、『空に星があるように』はシングルが正規バージョン。アルバムはリハーサルバージョンという手の込んだ仕掛け。が、後年各社によるCD化乱造で両者入り乱れ、リハーサルバージョンをお手本にしたカバーが多数存在するのが悩みのタネに。

↓正統派カバーはこちら。

藤澤ノリマサ/空に星があるように


 

 

 

1976年7月『ミュージック・リサーチ』B4判全面広告

イントロにビート・ガラティのDJを加えたラジオショーの趣。隠語の羅列というウワサもありますが、どうやら意味のない造語らしい。←タモリか、それとも藤村有弘?(笑)







1976年10月『美しい涙のためのバラード』葉書&『平凡パンチ』広告

ロングセラー『懐かしのキャシィ・ブラウン』を含む、デビュー10周年記念アルバム。8TRテープ『Z.pac/荒木一郎』(1969年)の人気曲『ミスター・ロビンソン』もリフレッシュ。ビート・ガラティのDJで紹介されます。タイトル曲は本当に美しい。

 






1977年7月『ミュージック・リサーチ』B4判全頁広告

フィリップスレコード移籍第一弾。Maxレーベル制作開始。桃井かおり(LP『ONE』)、中村雅俊(LP『』)、上條恒彦(シングル『スペース1999』)、岸本加世子(LP『北風よ』)、『ムー』サントラ・・・と超多忙。

 

 

 

 

 1977年7月 LP『口紅色の夜想曲』シングル『俺の呼び名はロンリー・ボーイ』宣材(ステッカー)


 

 

<番外編>   1978年銀座映画村『銀座映画村』

『最も危険な遊戯』完成記念上映会。(写真/成星出版『日活ロマン帝国の逆襲』より)

そのイベントでのコスチューム(一番組のハッピ)を基に、有志で作ったオリジナル「Maxハッピ」。


 

 

 

1980年4月『荒木一郎in池袋文芸座オールナイト』A4判リーフレット

新アルバム『A HappyBirthdayToYouMyLove』発売記念イベント。荒木一郎を囲み、<写真 左から>司会おすぎ・林秀彦・荒木一郎・伊佐山ひろ子・粟津號トークショー(司会/おすぎ)と、主演映画『にっぽんSEX旅行』『現代やくざ/血桜三兄弟』『893愚連隊』『その人は炎のように』上映の豪華プログラム。


1981年NTV『あしたのジョー2』主題歌&挿入歌SINGLE『ミッドナイト・ブルース/果てしなき闇の彼方に』

A4判リーフレット(徳間音工/オレンジハウスレコード)

 

 

 

 

オレンジハウスレコード『ミッドナイト・ブルース』を収録したアルバム『CONCERTRICK』(フィリップスレコード)

A4判リーフレット(左)↓と『ミュージック・リサーチ』B4版全頁広告(右)↓

A面に収録のコンサート『荒木一郎AT六本木』スナップ写真。

 (1980年7月 於/六本木 MAKI ART THEATER)


 

 

 

 

 

 

 

1981年新宿アルタスクール『とらばーゆセミナー/仕事づくり仲間づくり』で講演。A4判リーフレット


 

 

 

 

 

 

『SCENE-PHONIC』『星に唄おう』は1982年2月21日、3月21日の2ヶ月連続リリース。

荒木一郎LPのラストを飾った。『ぴあ』B5判全頁広告。


 

 

 

 

CD復刻の先鞭をつけたP-VYNEレコード(ブルース・インターアクションズ)第一弾『荒木一郎の世界』。

『レコード・コレクターズ』2000年4月号A4判全頁広告より。


 

 

 

 

 

第2弾『絵本』。『ロック画報02』2000年11月1日号A4判全頁広告より。

 

 

 

店頭POP(23×11cm)。


トリオLP7枚、スカイステーションより一挙リリース!

店頭POP(左:A4判)と『ロック画報02』2000年11月1日号全頁広告(左:A4判)。


オリジナル音源CD『Z.pac荒木一郎の世界』『続★星に唄おう』スカイステーションより連続リリース。

『ロック画報03』2000年12月25日号A4判全頁広告。





以下準備中